サッカー日本代表のダメダメ感が強かったコンフェデの記憶が強い大島コーチです。
優勝争いを応援する日がおじいさんになるまでには来て欲しいものです。
コンフェデ杯の試合を一部始終観てませんが、ちらっと見れば大体の力の差はわかります。
一つの動きを見て、ブラジルは日本がかなうレベルじゃないなと。
イタリア戦では日本の賢く無いところが出ました。
日本サッカーは昔と比べればアジアの中では成長していますが、
世界で見ると強豪国の実力に到底及ばない微々たる成長です。
欧州、南米のW杯予選だったら予選敗退レベルです。
ブラジルでは代表に選ばれる選手はバケモノ級という認識があるそうです。
何かしらの得意なプレーがあり、すべてのプレーの水準が高く身体能力も高い。
超のつく一流です。こういう選手がゴロゴロいる中で選び抜かれた選手なのです。
先制点を取ると調子づきますが、王者の精神なので先制を許すと逆境に弱い精神的な波もあります。
しかし個人能力の高さは圧倒的で難局を打開してしまいます。
一方、日本人は器用なのになぜ試合に弱いのでしょうか?
野球ではWBCを制しているのに。
日本スポーツは技能で勝利して欧米にルール改正されることが多々あります。
それだけ器用で勤勉なのに。原因はどこか。。。
背景にスポーツ以外の文化と国民性が関わっており、簡単にはヨーロッパ発祥のフットボールに適応できないからです。
フットボールはその国の社会を反映するスポーツなのでスタイルも様々。
国民全員がサッカーに注目する国ではない日本では中々強豪レベルに届きません。
サッカーの格言的セオリーを一般のファンが誰でも知っているレベルになって、
厳しい目で代表の試合を評論するそんな社会でないと選ばれた代表選手のプレーに反映されません。
国を代表する選手に国のサッカーの叡智が集約されているからです。
では私たちにも出来ることは何かないのか?と考えるとルールが作られた国での考え方から紐解けます。
フットボールの審判はルール上、石ころの扱いです。
ボールが石ころに跳ね返ればどこに飛ぶかわかりませんが、それも含めてサッカーです。
つまり予想外の出来事も起こるかもしれないが
それに対処して勝つチームが強いチームとみなされます。
そういうルールの下では監督の指示より個々人の判断力が結果に大きく関わります。
自分の行動に対して「意志」を持ち決断する力。
日本の大人はそれを自ら子供に示すことが出来ているでしょうか。
未来を担う子供たちに促すような体験、生活習慣化をさせていきたいものです。
日々の生活で自分のことは自分でする。
そのことから始まっていくのではないかと思います。
人にいわれてする反応型から進んで行動する能動型になる始まりだと思います。
通知表に関係ないスポーツで人間関係を学び、自由に発想し試す。
大人が先に正解を用意するのではなく自分の考え行動して
成功や失敗をする機会を得て欲しいです。
そして失敗を次に生かすことを大人が手本を示して教えてあげたい。
大人も学ばなければいけません。
自ら試行錯誤することは解決しようとする「意志」です。
上達の法則を掴んだ人は後の人生どんな分野でもポジティブに行動していけると思います。