こんにちは!桑名校コーチの下畝地です!
お子さんはやらされている?やっている?
ピアノもやって、体操もやって、塾行って、サッカーやって、フットサルもして、、一週間は七日なのに週八回も習い事してるよって教えてくれる子がスクールにもいます。その習い事の回数は僕が善悪で判断できるものではないこと、百も承知です。
けど、心配なのは、みんな無理しすぎてないのかな?ってこと。習い事に忙殺されるなかで自分だけの時間を持てているのかすごく気になります。
毎日やることが決められているって大人の皆さんでも嫌ではないですか?子供は大人が何かを提示しないといけないんだって固定概念があるかもしれませんが、もっとお子さんを信じてあげてください。たぶん子供は自らで何かを発見して、面白がって、工夫しながら楽しむことできます。そんな自分で考えて動ける時間がかけがえのない財産になるんです。お子さんが本当にやりたいと決めたことを親の皆さんがサポートしてあげてほしいです。
やらされている習い事なんてめちゃくちゃ嫌なはず。そんな時間がお子さんの何を育てるんでしょうか?そして親の皆さんが周りの家庭と比較して何か習い事させないとなと焦る気持ちや不安になる気持ちは子供に伝染します。習い事に奔走することを信じすぎないでください。それよりもまずはお家でスマホを置いて、じっくり向き合うことから始めることでお子さんはどんな習い事するよりも毎日を楽しく、ハッピーに過ごせると思いますよ。
スキルじゃない、最後は人間性に凝縮される
少し話は飛躍しますが、日本でも海外でも長く現役生活を続ける選手は “人間性が素晴らしい” とチームメイトに評価されている選手ばかりです。元サッカー日本代表キャプテンの長谷部選手やクロアチア代表モドリッチ選手など。
もちろんスキルが伴わないと必要とされないわけなんですが、大前提として人間性が豊かでないと続けることはできない、そんな言い換えもできると思うくらいです。
皆さんが一緒に仕事をしていて気持ちいい人ってどんな特徴がありますか?スキルが高いことですか?結果を出してくれるタイプでしょうか?僕が参考にしている考え方は「仕事に対する姿勢を見ること」です。スキル云々ではなく、決められた仕事に対してどんな姿勢で働こうとしているのか、そんなところが大事だと思うようになりました。
与えられた才能はもちろん人によって違います。けど、最後を決めるのは才能ではない。人間性の部分に凝縮されると思います。僕たち、子供の教育に携わる現場にいる人間が、子供に教えなければいけないことって、本当のところ何なんでしょうかね。
自ら決めて、自らやるんだぞってことを教えたい
怒って、練習の雰囲気無理にピリつかせて、子供達が頑張っている感を演出してみて、教えている側が何となく自分の存在意義を見出す、もしくはその指導法が本当に合っているんだと信じて実行することについて、僕は全く意味ないと思います。まるでワンピースのルフィですが、僕も支配することに興味なんてありません。
練習の内容はこんなことできたらもっと楽しいよね?っていう提示です。だけど、上手くなれるかは本人次第。本当に教えなければいけないことは、君たちは自分で感じて、考えて、工夫して、決断できるし、それを思い切ってやってみることも出来るだぞってことだと思います。これはスポーツ以外のことにも共通して通用する考え方なはず。
スポーツは欧州だと文化としての位置付けが高いとよく聞きます。それはおそらくスポーツとは遊びで、生活の余白であり、人間性を高めるために必要な時間だという共通認識があるからではないでしょうか。スポーツのためのスポーツではなく、生きるためのスポーツというはずです。
お子さんが親の考え方や行動を上回ることが怖いですか?指導者よりフットボールに達観している選手を育てることが怖いですか?そんな気持ちがきっとお子さん、そして選手を支配してコントロールしようという行動を生んでいるんだと思います。僕はスポーツの捉え方を「人間性を高めることができる時間」だと信じています。というより、長く指導現場に携わる中でそうでなければいけないと思うようになりました。
そして桑名校はロボット的なスクールではなく、人間味溢れるスクールでありたい。コートの中で責任を持って、自由を謳歌できる選手を、人間性が爆発した上でスキルフルな選手が生まれる環境でありたいと心から思います。